アマゴの生態08 神戸大学・佐藤拓哉先生の視点が深オモシロい【ハリガネムシの話】
前回の記事では寄生虫の話をしました。
寄生虫のリスクはもちろんゼロではない
今回はアマゴの住んでいる「渓流と森」に関するお話で、神戸大学・佐藤拓哉先生の研究に関してです。
佐藤先生は陸地に住むコオロギのような昆虫(カマドウマ)とそれに寄生する寄生虫(ハリガネムシ)から、森の生態系を研究されています。
一体どんな研究なんでしょうか。
生態系のつながり
それでは、研究の紹介の前に、森と渓流の基本知識です。
下の図をご覧ください。
まず、森から落ち葉が渓流に落ちて、それが分解されて渓流の栄養になっています。
そして、その落ち葉が渓流に住む植物と動物、海の環境までに影響しています。
つまり、森から海までの生態系がつながっているという事です。
今回の主役であるハリガネムシは、その生態の中で「森と渓流の環境」作るという役割を果たしていると書きましたが、
それでは、ハリガネムシはどのように、その役割を果たしているのでしょうか?
ハリガネムシの生活
まず、ハリガネムシの生活史を紹介します。
- ハリガネムシの幼虫が、川の中でカゲロウの幼虫に捕食される
- カゲロウが成虫になり、陸上に上がる
- それをカマドウマが食べる
- カマドウマの体内でハリガネムシは成虫になる
- ハリガネムシがカマドウマの脳を操って川に飛び込ませる
- それを川魚が食べる
- ハリガネムシの成虫は川に戻り、やがて卵を産む
つまり、ハリガネムシは寄生した宿主の移動に伴い、川から森に、森から川にと生活の場を変えて生きています。
それにしても「ハリガネムシがカマドウマの脳を操って川に飛び込ませて・・・」とは全く不思議な話です。
これまでの研究では、ハリガネムシはカマドウマの光に対する反応を変化させると報告されていて、そのカマドウマが水面を認識すると川に飛び込むと考えられています。
ハリガネムシはどうやって宿主の心を操るのか
インパクトの強い話です。
この話だけでも十分に興味深いのですが、この佐藤先生の研究が深オモシロいのは、その視点が「渓流の環境」に向いているという事です。
それでは、このハリガネムシ、どこまで渓流の環境に影響を与えているのでしょうか?
渓流への影響1:陸地からの川への「栄養の流入」が増加
ハリガネムシの寄生によって、カマドウマが陸地から川へ飛び込む事は紹介したしましたが、一年間にどのくらいのカマドウマが川に飛び込んでいるのでしょうか?
この視点は、栄養の流入量を測定するという観点から、とても大切なポイントです。
佐藤先生の研究によりますと
・カマドウマが川に飛び込むのは、1年のうち3か月程度
・その期間中、イワナが得る栄養の9割はカマドウマから
・1年間に換算しても、栄養の6割をカマドウマから得ている
1年間に換算して、6割がカマドウマから栄養を得ているのなら、十分に、「メインの栄養がカマドウマである」と言えます。
つまり、ハリガネムシによって陸地からの栄養素が川に移動していると言っても過言ではないですね。
イワナの胃の中まで調べて、何を食べているかを検証するとは、執念を感じる研究です。
Ecology.2011 Jan;92(1):201-7.
それでは、これ以外にハリガネムシの影響はどんなところに現れるのでしょうか?
それは…
落ち葉です…
渓流への影響2:落ち葉の分解が早まる
これは、どういう事でしょうか?
先生の研究によりますと
・魚がカマドウマを食べると、逆に水生昆虫を食べなくなる
・水生昆虫が増えて、彼らが川底の藻をたくさん食べる
・藻がなくなった事で、落ち葉が川底に接する
・落ち葉に微生物がアクセスしやすくなり、分解されやすくなる
・川の有機物が増えて、豊かな川になる
まさにすべてが連動しています。
そして、こんなところまでにハリガネムシが影響するのかという感じです。
これら2つのハリガネムシの役割を見ますと、ハリガネムシは寄生虫ではなく、環境へのプレイヤーであると言わざるを得ません。
小さな視点で見ると寄生虫で、大きな視点で見るとプレイヤー。
それがハリガネムシでした。
本当に深オモシロい佐藤先生の研究でした。
まとめ
・森と渓流、渓流と海はつながっている
・ハリガネムシが異なる環境をつないで、バランスを保つことに関わっている