自由研究のマインドセット

日々の疑問を生活のスパイスに

【大野麦風・アユ】版画で見るアユの生態調査(アユ04)

版画家・大野麦風さんの作品「鮎」の紹介です。

過去にフナ・スズキの作品を紹介しましたので今回で3回目の紹介となります。今回の作品である「鮎」では、その描写されたアユから、縄張りを作るアユの生態を見てみたいと思います。

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623131842j:plain

  引用:大野麦風(1937)《大日本魚類画集・鮎》

版画家・大野麦風

明治生まれの大野麦風さんは昭和13年、日本で最初の魚類生態画集として、全72点の「大日本魚類画集」を木版画で出版しました。

「大日本魚類画集」は、単に魚が羅列されている図鑑とは異なり、生きているような魚の描写と魚類学者の解説がセットになっている生態図鑑となっています。

それでは、その描写を細かく見ていきましょう。

アユの描写1

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623132405j:plain
  大野麦風(1937)《大日本魚類画集・鮎》の拡大図:アユの確認行動

版画の中のアユは、互いの体をすり合わせるように並泳しています。これはどのような状態なのでしょうか?

縄張りからの追い出し行動

アユは餌場の確保をするために縄張りを形成します。そして、他のアユがその縄張りが侵入してくると、「追い出し行動」が見られます。

この時のアユは侵入アユの後ろ側から追随して、侵入者の尾びれや排泄腔をねらって攻撃をします。

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623132349j:plain

  左)尾びれと排泄腔 右)侵入アユへの攻撃  引用; Yumi Tanaka et al (2011) Journal of Theoretical Biology

この行動はアユの生態の中で有名なモノですが、大野さんの版画では、アユが並泳していますので、いわいる「追い出し行動」と呼ばれるものではないと思われます。それでは、その他にどのような可能性があるのでしょうか?

境界線の確認行動

先述のように鮎は縄張りを確保しています。その縄張りは、他の個体の縄張りと隣接した状態で成立しており、境界線が存在しています。その境界線上では、アユがお互いの縄張りを確認する行動が見られます。

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623132606j:plain
  左)アユの縄張り 右)縄張りの確認行動 引用; Yumi Tanaka et al (2011) Journal of Theoretical Biology

図のように縄張りを持つ鮎は、お互いに体をすり合わせるように縄張りの境界線を確認します。これは、大野さんの版画のアユと合致しています。

つまり版画のアユは縄張りの境界線を確認しているアユではないかと考えられます。

 

アユの描写2・浮石

次に版画の左下にある石を見てみましょう。

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623132723j:plain

  大野麦風(1937)《大日本魚類画集・鮎》の拡大図:浮石

先述したようにアユは餌場の確保のために縄張りを作ります。アユの世界にも、一等地とそれ以外の土地が川の中にあるようで、最も人気があるのは、浮石と呼ばれる砂に埋もれていない大きな石の周辺になります。

浮石は流れの速い「瀬」と呼ばれる部分にある事が多く、版画の場面はその一等地の「瀬」である事が推測されます。

アユの描写3・アユの密度

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623132814j:plain

  大野麦風(1937)《大日本魚類画集・鮎》の拡大図:アユの密度

アユには個体の密度によって3種類の状態があると言われています。

密度ごとのアユの状態を見てみましょう。

  • :早いもの勝ちで「縄張りアユ」による餌場の縄張り化が進む
  • :縄張りを作る事ができなかった個体が「あぶれアユ」となり、縄張りへの侵入を繰り返す
  • :「群れアユ」と呼ばれる群れで生活するアユが出現します。群れアユが増えると縄張りアユは、縄張りを守るための労力を放棄して、自ら縄張りをあきらめ、自らも群れアユとなります

f:id:Shigehara_Nishiki:20200614200042j:plain
  参考Yuki Katsumata et al. (2017) Scientific Reports vol. 716777を改変

「群れアユ」が出現する密度は、1m2あたり4.1~5.5匹以上である事が観察や実験から明らかになっています。アユの大きさは大きくとも30cm程度なので、版画内のアユは5匹/ m2を超えており、群れアユへの移行期である事が推測されます。

描かれたアユの生態

では、ここでもう一度、版画を見てみましょう。

f:id:Shigehara_Nishiki:20200623131842j:plain

  大野麦風(1937)《大日本魚類画集・鮎》

つまり大野麦風さんが描いたアユは

  • 流れの速い「瀬」で浮石があるようなアユが最も好む場所で
  • 縄張りを持つアユたちが境界線を確認しながらも
  • アユの密度が増してきて、全体が群れアユ化する手前

であるという事が分かると思います。

 

単にアユを描くだけでなく、この生態をうかがわせる表現こそが、大野麦風さんの大日本魚類画集の魅力の一つだと思います。皆様も機会を見つけ鑑賞してみてください。

 

関連記事

友釣りはいつがベストか?

【友釣りのタイミング・いつがベストか?】アユの生態から考える(アユ02

大野麦風フナ

フナ10【版画家・大野麦風】鮒から始める姫路の旅

大野麦風スズキ

【タイリクスズキvol3】大野麦風が描く背中の斑点(スズキ09)

 

 

参考

アユの密度と縄張り活動に関する論文

Yumi Tanaka et al. Historical effect in the territoriality of ayu fish. Journal of Theoretical Biology (2011) vol.268, 1, 98-104

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022519310005230?via%3Dihub

Yuki Katsumata et al., Territory holders ant non-territory holders in Ayu fish. Scientific Reports (2017) vol. 716777. doi.org/10.1038/s41598-017-16859-4

https://www.nature.com/articles/s41598-017-16859-4

プライバシーポリシー お問い合わせ