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【タイリクスズキvol.3】大野麦風が描く背中の斑点(スズキ09)

以前、姫路市立美術館で版画を拝見しました大野麦風さんのスズキの版画を紹介します。版画と言っても、小学生時分に行った黒一色の版画ではなく、色を重ねて紙に刷る作業を200回も繰り返して出来上がる一枚です。

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  引用:大野麦風 《大日本魚類画集・スズキ》

版画家・大野麦風さんとは

明治生まれの大野麦風さんは兵庫県にお住まいだった版画家で、昭和13年、日本で最初の魚類生態画として、全72点からなる「大日本魚類画集」を木版画で出版しています。

この本は単なる魚図鑑ではなく生態図鑑となっていて、大野麦風さんの生き生きとした魚の描写に、魚類学者の解説がセットになっているのが特徴です。この本のために、彼は和歌山県沖合で潜水艦に乗って魚を観察した事を、昭和30年代の雑誌のインタビューで語っています。

版画の中の背中の気になる描写

日本でスズキと言いますと河口域に住んでいるマルスズキですが、版画の中に気になる描写がありましたので、ちょっと見ていきましょう。

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スズキの背中部分の拡大です。 比較的はっきりと斑点があります。

日本沿岸に住んでいるマルスズキの背中にも小さい斑点がある事がありますが、下の写真を見て頂ければ分かるように、斑点と言えば、ホシスズキとの別名のあるタイリクスズキの特徴の特徴と言えます。

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  マルスズキとタイリクスズキ 引用;Kōji Yokogawa(2019)Zookeys 859 69-115

この二種類は遺伝的にも全くの別種で、約100万年前に分岐したと報告されています。

タイリクスズキの特徴

それではタイリクスズキの特徴を見てみましょう。

  1. 中国・台湾・朝鮮半島沿岸に住む
  2. マルスズキよりも成長が早く養殖に向いている
  3. 1980年代後半に養殖用として日本に持ち込まれたものが逃げ出して野生化した

 

この特徴を見ますとタイリクスズキが日本に持ち込まれたのは、1980年代ですから、昭和10年代に作られた大日本魚類画集に記載されているはずはありません。では何かの間違いなのでしょうか?

タイリクスズキとマルスズキの違い

京都大学の報告(2019)によりますと、マルスズキとタイリクスズキとの違いは、ヒレの長さや鼻の長さなどの違いがあります。ただし、これらは比較して初めて違いが分かるモノなので素人には判断しづらいと思います。

最も簡単な見分け方は、背中の斑点のあるエリアによる判別です。

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(A)マルスズキと(B)タイリクスズキ 引用;Kōji Yokogawa(2019)Zookeys 859 69-115

魚には体側中心あたりに沿って、側線という水圧や水流を感じる感覚器官があります。この側線と斑点の関係を見ていきますと、マルスズキは斑点があるのは側線の上側だけですが、タイリクスズキでは側線の下まであります。

ではもう一度、大野麦風さんのスズキの背中を見てみましょう。

版画の判定

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右の模式図では赤点線で側線を示していますが、どうやら斑点は側線よりも上側にのみ存在しています。つまり、このスズキは斑点があるタイプのマルスズキであり、タイリクスズキではないという事です。

 

これがタイリクスズキであれば、現在、外来種と考えられているタイリクスズキが養殖が始まる前から日本にいた事になり、日本固有種である事が言えたのですが、そうはいきませんでした。

日本固有のタイリクスズキはいないのか?

タイリクスズキとマルスズキが分岐した約100万年前には、日本とユーラシア大陸は陸続きで、日本、朝鮮半島、中国は大きな干潟を形成していました。

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  80万年前~15万年前の日本 引用:湊正雄、目でみる 日本列島のおいたち(1971)

当然、この時代には、日本近海にもタイリクスズキはいました。

その証拠に、7万年前から1万年前の有明海では日本独自の種として、タイリクスズキとマルスズキの交雑種(有明産スズキ・ハクラ)が生まれ、現在ででも独立した種として生き残っています。

この交雑種が日本にいるという事は、石器時代縄文時代のような太古の日本には、タイリクスズキが居た事を裏付けています。

この点から、太古から受け継がれた日本固有種のタイリクスズキが、現在の日本で見つかるかもしれないという期待も湧き上がります。

しかしながら、現在の見識では、養殖開始以前には、日本にタイリクスズキは居なかったとされています。それは、日本各地で見つかる現在のタイリクスズキは、中国のタイリクスズキと遺伝的に一致しているという理由があるからです。

 

このような点も併せて考えますと、やはり大野麦風さんの版画は、タイリクスズキではなく、日本のマルスズキだったのでしょうね。当然と言えば当然なのですが、ちょっと残念な気もします。

 

ところで

ここまでは版画の中のスズキに注目しましたが、左側に刷られた小さな魚はご存じでしょうか?

もう一方の魚(カゴカキダイ

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  引用:左版画-大野麦風 《大日本魚類画集・スズキ》、右写真-Wikipedia Commons

これはカゴカキダイという魚で、熱帯魚のようにも見えますが、東北から九州まで住んでいる魚です。

ゴカイや小さな甲殻類を補食して食べる肉食性の魚で、沿岸に住むという事で、生態域がマルスズキと一致している部分があります。

つまり同じ版画の中にこの2つの魚がいるという事は決して偶然ではなく、大野麦風さんの「生きた魚の生態を示したい」という情熱の現れだと思われます。

そしてこのカゴカキダイ、実は美味です。

サビキ釣りでの外道でよく見かける種ですが、刺身は知る人ぞ知る美味しさです。

最後に

スズキからカゴカキダイの話に逸れてしまいましたが、皆さんも大野麦風さんの版画を鑑賞してみてください。

姫路市立美術館は「大日本魚類画集」の全72点を所蔵されているという事ですので、再び大野麦風展が開催されると思われます。

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タイリクスズキvol.1~2

【タイリクスズキ01】外来種か?帰ってきたのか?あつ森までも(スズキ06)

【タイリクスズキvol.2】有明産スズキと太古の日本列島(スズキ07)

大野麦風 フナ

フナ10【版画家・大野麦風】鮒から始める姫路の旅

まとめ

・大野麦風さんのスズキは、マルスズキだった

 

参考

https://www.city.himeji.lg.jp/art/cmsfiles/contents/0000008/8941/kiyou11-1.pdf

https://www.city.himeji.lg.jp/art/cmsfiles/contents/0000008/8924/kiyou12-3.pdf

https://zookeys.pensoft.net/article/32624/

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/73/6/73_6_1125/_pdf

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/151585/1/ynogk01139.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci1953/46/3/46_3_315/_pdf/-char/en

https://www.kubota.co.jp/siryou/pr/urban/pdf/11/pdf/11_2_1.pdf

https://ja.wikipedia.org/wiki/カゴカキダイ

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