【スズキの生態】宍道湖の農薬問題から考える最強の捕食者(スズキ10)
今回の記事では、島根県の宍道湖(しんじこ)で起こった農薬問題からスズキの生態を考えたいと思います。
島根県の汽水湖・宍道湖では、約300種類の魚介類が生息していますが、その中でも7種類の魚介類が宍道湖七珍とされ、郷土料理となっています。宍道湖七珍はスズキ・モロゲエビ・ウナギ・アマサギ(ワカサギ)・シラウオ・コイ・シジミの頭文字をとって、「スモウ アシコシ」として覚える事ができます。
島根旅行が楽しみになる宍道湖七珍ですが、その宍道湖七珍のうち、1994年頃からワカサギやウナギの漁獲量が激減しています。
特にワカサギの漁獲量はほぼ0にまで落ち込んでしまいました。一体何が起こったか見ていきましょう。
生態系調査の結果
宍道湖のワカサギとウナギの減少を受けて、産業技術総合研究所などの研究グループが生態系調査を開始しました。
その調査によりますと1994年以降に起こっているワカサギやウナギの減少の原因が,1993年以降に使用されてきたネオニコチノイド系農薬によって引き起こされていたと、2019年末に米科学誌サイエンスに報告されました。サイエンスは世界の三大科学雑誌の一つです。
引用:Masumi Yamamuro et al (2019) science Vol. 366, Issue 6465, pp. 620-623
農薬使用開始から約一年で生態系が破壊されているのですから、その影響を見過ごす事ができないほど大きなモノです。
論文報告では、ワカサギやウナギの減少に関しては大きく報じれていますが、生態系の中で捕食者として君臨するスズキには影響がなかったのでしょうか?順を追ってみてみましょう。
殺虫剤・ネオニコチノイド系農薬とは
タバコの葉に含まれているニコチンに似た成分(ネオニコチノイド)をベースにした殺虫剤です。1990年代に市場に現れ、世界で一番使われている殺虫剤ですが、害虫以外のハチや赤とんぼも殺してしまうために、問題視されています。
現在、ヨーロッパでは使用禁止されていますが、アメリカでは規制が始まったばかりで、日本ではまだ規制さえもありません。
宍道湖への影響
宍道湖周辺では1993年からネオニコチノイド系農薬が使用され始めました。
その時期を前後したワカサギとウナギの漁獲量を見てください。
ネオニコチノイド系農薬の使用量とワカサギとウナギの漁獲量 Masumi Yamamuro et al (2019) science Vol. 366, Issue 6465, pp. 620-623を日本語に改変
1993年からネオニコチノイド系農薬が使用されてると、翌年の1994年にはほぼ漁獲量が激減して、ワカサギに至ってはほぼ0になっています。
被害を受けたワカサギとウナギ
先に記載しました通り、ネオニコチノイド系農薬は殺虫材ですら、ワカサギやウナギを直接殺すわけではありません。
では、なぜ減少したのかと言いますと、これは、ネオニコチノイド系農薬が動物性プランクトンを減少されたために、それを餌とするワカサギやウナギの減少につながったと考えられています。
動物性プランクトンの推移 Masumi Yamamuro et al (2019) science Vol. 366, Issue 6465, pp. 620-623を日本語に改変
実際に、この時期から宍道湖のオオユスリカやミジンコが減少した事も報告されています。
被害から逃れたシラウオとシジミ
引用:島根県HP
ワカサギやウナギが減少した一方で、シラウオやシジミは減少しませんでした。
これは彼らがネオニコチノイド系農薬の影響を受けない植物性プランクトンを食べているからです。
それでは、スズキはどうだったでしょうか?
スズキの例
引用:島根県HP
スズキもネオニコチノイド系農薬の影響で激減する事はありませんでした。
これはスズキの生態が功を奏したと思われます。
スズキの生態
食性
ご存じの通り、スズキは生きている獲物であれば何でも食べるという雑食性があります。この食性の広さは、農薬でワカサギが減少した状態であっても、その他の魚介類を食べて生活する事ができるためにネオニコチノイド系農薬の影響を受ける事がなかったのだと思われます。
塩分変化への適応
スズキの特徴は何といっても、塩分変化への適応能力が高い事です。
生活域の広さは、河口などの汽水域はもちろん、海水・淡水にも進出する事ができます。実際に宍道湖のスズキは冬になると、中海に移動して、日本海で越冬しますので、生活域の広さが功を奏したと言わざるを得ません。
スズキの移動とワカサギの移動 島根県HPの地図を改変
一方、減少の著しかったワカサギは、産卵のため、宍道湖周辺の河川に上る事が知られていますが、移動距離が少ないために、農薬による影響で大打撃を受けてしまいました。
最後に(未来は?)
スズキは、その生態(食性と生活域の広さ)によって、ネオニコチノイド系農薬の影響を受ける事なく生き残る事ができましたが、この問題は大きく宍道湖の歴史に残る人類の失態だと思われます。
ネオニコチノイド系農薬の販売元であるバイエルは「サイエンスの論文に裏付けがない」と反論しているのですが、この殺虫剤が世界の昆虫を含む節足動物の減少に関与していると報告されています。
日本では、今回の報告を受けて。農薬取締法を改め、2020年4月以降は農薬の安全性評価を厳格化する動きもあります。
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追伸
ネオニコチノイド系農薬だけでなく、農薬に関しては現在でも大きな社会的な問題となっています。その代表格が日本でもおなじみの除草剤「ラウンドアップ(Roundup)」です。
ドイツ製薬大手バイエル(Bayer)は2020年6月24日、除草剤・ラウンドアップの発がん性をめぐって米国で起こされた訴訟の大半について、計100億ドル(約1兆円)超の和解金を支払って決着させることで合意したと発表しました。
まとめ
・宍道湖では、1993年のネオニコチノイド系農薬の使用で約1年で生態系が破綻した
・その中でスズキはその生態(食性と生活域の広さ)で生き残った
・現在、日本ではネオニコチノイド系農薬の使用の厳格化が検討されている
参考
https://science.sciencemag.org/content/366/6465/620
https://biz-journal.jp/2020/03/post_144225.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci/62/4/62_375/_pdf